夢は夢でも鮮明に覚えている夢、特に明け方の鮮明な夢はどうやら私にとって必要な事が多いようで、今回もまた面白い夢を見ました。
《夢》
自宅と思しき庭の枡を掃除しようと蓋を開けると、中に空き缶が詰まっていました。
『そりゃ。こんなことになってたら流れへんわ』
と、一人枡に手を突っ込んで掃除に取り掛かる私。
その時、別の場所から『きれいな水が流れたー!』と、友達と思しき人の声。
見に行ってみると、キレイな水がさらさらと流れていました。
それにしても、その水の透明度と言ったら枡の中なのに、清流でしか生育しない梅花藻のような美しい藻が水の中でそよいでおり、その風景は数日たった今でなお鮮明に思い出すことが出来ます。
まさしく、こんな感じ!
画像はこちらのサイトからお借りしました。
地蔵川(梅花藻) | 長浜・米原・奥びわ湖を楽しむ観光情報サイト
そんな自宅と思しき場所の斜め後ろに引っ越してこられたのが四柱推命の先生ご一家。
早速、奥様がベランダから『いつでも聞きにおいでねー』と声をかけて下さいました。
夢解きなんぞは全くできませんが、この夢から私が感じたことは
・枡の詰まりが取れて綺麗な水が流れた
⇒いかなる時も純粋なレイキを流すパイプ役に徹する事。
そこに我(エゴ)は必要ない。
我を意味するものは詰まっていたジュースの空缶のような気がしました。
美味しいものはもっと飲みたくなりますしね。
・四柱推命の先生ご一家が越してこられた
⇒いつも四柱推命がある生活を
そんな、相変わらず頭で考えてばかりの私にとどめの一撃。
翌日、着付けに伺ったお宅で、
『もうロジカルな時代は終わりやね。』
と言われたこと(笑)
もちろん、夢の話しなんぞはしておらず全く関係のない話からの流れなのですが、いやはやいろんな形で気付きが雪崩のように。
そんな気付きも、会社員時代の私なら全く気付きもしなかったでしょうし、そもそも、気付いたとしても『偶然やろー。』でおしまいだったと思われます(^^;
そして、ここでおしまいと思いきやとどめの最後。
別の方から頂いたメールに、
『もう前の働き方には戻らない。そこからの卒業。』
という趣旨の一文があり、いやはやここ最近の展開は怒涛の如く。
そして早い!
前の働き方の方が手っ取り早く稼げるのですが、そしてそうすることが目に見えて安心する(=お金)ので楽なのですが、いい加減その思考は手放して『卒業する!』
そして、そのことは頭ではなく肚で分からなければならないようです。
以前の私は、合理的で目に見えるものを信じ、本当は目に見えないもの(寺社仏閣、日本神話、アトランティス、ムー、エジプトなど古代の話しが大好きです)が小さい頃から好きだったにもかかわらず、『社会に出ても役に立たないから・・・。』と気付かぬうちに蓋をしてしまっていたようです。
これを大人になるというのかどうかは、人によって考え方は違うので断定はできませんが、そうすることによって確かに働くことに疑問を持たなかったのも事実です。
働くということは、私の中のアドレナリンが大量放出で、もっと良くしたい、良くなりたい、ともっと、もっとのもっと病(笑)
ただ、そのもっと病ともおさらばです。
ずっとそれで生きてきたので楽なんですけどねー。
居心地が良いのですけどねー。
もうあかんのです。
卒業です。
そんなことを、明け方の夢で教えていただき(←誰に?その辺は私の専門外なので分かりませんが、きっと誰か)、頭はスッキリ、心はスッキリ。
いやはや、まさか夢から教えてもらうことがこんなに多くなるとは。
眠って身体のメンテナンス、夢で心のメンテナンス。
起きていないからと言って侮れない時間です。